【第9回】~ 赤ちゃんと笑顔 ~
優秀賞
・そこにあるパワー
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新井 季美子
埼玉県 主婦 30歳
6ヶ月になる息子をベビーカーに乗せ、スーパーへ買い物に行った時のこと。
私はベビーカーを通路の端によせ、野菜の品定めをしていた。そこへ、見知らぬ男の子が一人、息子の所へかけ寄ってきた。男の子は、顔をくしゃくしゃにして笑いながら、息子の手をとり、「かわいい、かわいい!」とはしゃいでいた。丁度、小学校へ上がるか上がらないか位の男の子だ。すると今度は、小学校3年生くらいの女の子が近寄ってきた。どうやら男の子のお姉ちゃんらしく、「うん、かわいいね。そうだね。」と男の子をなだめながら、必死に男の子の手を引き離そうとしていた。それでも男の子は、負けじとベビーカーにつかまり、「赤ちゃん、赤ちゃん!」と、何度も何度も呼んでいる。
私は、この男の子が何か障害を持っている子だという事に気付いた。「こんにちは」と声をかけたが、男の子は息子に夢中だし、女の子は、少し私を気にしながら、とにかく弟をひき離すことに必死だった。当の息子はというと、突然の出来事にキョトンとした様子で、男の子と女の子の顔を交互に見つめている。そこへ、買い物カゴをさげた、二人の子のお母さんがやって来た。お母さんは、私に申し訳なさそうに小さく会釈すると、「うん、赤ちゃんだね。かわいいね。」と言いながら、やはり男の子を一生懸命連れて行こうとしていた。
私は、息子をかわいいと言いながら笑顔で話しかけてくれる男の子に、感謝の気持ちこそあれ、迷惑だなんてこれっぽっちも思ってはいなかった。でも、それをどう言っていいのか分からず、言葉に詰まっていた。その時だった。女の子とお母さんの動きが止まり、お母さんがぼそっと一言つぶやいた。
「あ、喜んでる・・・。」
私は、ベビーカーにちょこんと座り、さっきまでポカンとしていた息子の顔を覗き込んだ。すると息子は、歯のない口を大きく開けて、真っすぐに男の子を見ながら、満面の笑みで笑っていた。小さい手を男の子の顔にのばし、あうあうと言いながら、嬉しそうに笑っていたのだ。
男の子のお母さんは、少しホッとした様子で見ていた。が、やはり私を気にしているのか、また小さく会釈をすると、まだ息子と遊びたがっている男の子を連れて、すぐに行ってしまった。私は、まだバイバイの出来ない息子の手をとり、しばらく振っていた。
迷惑じゃないのに…。ちゃんと伝えれば良かったかな…。と思ったが、お母さんの帰り際の小さな会釈。最初にかけ寄ってきた時のそれとは、何か少し違う気がした。
うん。きっと大丈夫。そんな気がした。
赤ちゃんには何もない。余計な考えや、複雑な物は、何もない。きっと、今目の前にある物が全てなんだと思う。だから息子は、笑顔で近づいてきてくれた男の子に対して、ただ、笑った。
でも、いや、だからこそそこには、どんな言葉よりもパワーがあるんだ。