【第9回】~ 赤ちゃんと笑顔 ~
大賞
・変わらない顔
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武田 高建
東京都 パート 26歳
顔は段々と変わっていく。産まれ立ては、お猿さんのような顔だし、この世を去る時は、シワクチャになっている。でも、変わらない顔を僕は知っている。
予定日の3週間前から、妻とお腹の赤ちゃんは実家に戻って、出産の日を待っていた。僕は仕事を終えて、クリスマスの日に彼女の実家へ到着した。一緒にお腹の中にいる赤ちゃんに話しかけながら、誕生を心待ちにしていた。
夜中の0時、部屋で寝てると、いつもと違う痛みがきたと妻が言い始めた。それは10分間隔でやってきた。「陣痛か?」僕も妻もよく分からない。救急車を呼んで病院に行こうと行ったが妻はまだ大丈夫だと言った。1時間経過してまだ痛がってるのでこれは陣痛だと思い、病院へ向かっった。
病室に入って検査を受けたらやはり陣痛だった。だんだん間隔がせばまってきてくる陣痛。腰をさすり、手を握りながら、励ます自分。もうすぐ赤ちゃんに会える喜びでいっぱいだった。はやく会いたいよ。それから夜の間、妻は陣痛と戦いながら寝て、僕も励ましながら寝た。
朝に検査を受けると、問題が生じた。赤ちゃんの心拍数が突然落ちたりしていた。医者は真剣な顔で「もっと大きい病院に行ったほうが良い」と言った。その顔と言葉から問題の大きさが分かった。看護婦さんが救急車を呼び都市部の大きな病院に行くことになった。
大きな病院に到着した。至急検査が行われた。待機室で指をくわえ、歩いては座り、考えにふけってはまた立ち上がり、いてもたってもいられなかった。大丈夫かなぁ?不安でいっぱいだった。悲鳴が聞こえてくる。唇をかみ締めながら、「がんばれ!」と心の中で叫ぶ。
検査が終わった。赤ちゃんの心臓は異常があるかないか産んでみないと分からないという事だった。もし赤ちゃんに異常があったら手術だったけど、とりあえず自然分娩にする事になった。ちょっぴり胸をなでおろした。帝王切開よりやっぱお母さんが踏ん張って赤ちゃんと協力して産むのが良いなぁと思っていたから。
妻がふんばる。ふんばる。子宮はもう十分開いているのに赤ちゃんが降りてこない。だんだん赤ちゃんの心拍数が弱くなっていく。お医者さんはこのままじゃ赤ちゃんに危険があると言って帝王切開をしたほうが良いと言う。お医者さんは迅速に書類を書き終え、サインを迫る。子供が危険なら選択の余地はなかった。妻が「子供はもっと産めるんですか?」とたずねる。大丈夫だとお医者さんは言う。でも最悪の場合、子宮を取り除く可能性もあるという。妻の目から涙が溢れた。僕の目からも涙が溢れた。
妻は手術室へ、僕は待機室へ。父に電話した。母に電話した。姉から電話が来た。上司から電話が来た。沢山の人が励ましてくれた。一人一人の声を聞いただけで、涙が止まらなかった。待機室での2時間、涙で目がパンパンに腫れた。
手術は成功した。妻は麻酔のせいで眠そうにも痛そうにも見えた。「おめでとう。本当にありがとう」って言ったら、妻は精一杯、微笑んでくれた。赤ちゃんはどうなったんだろう。
はやる気持ちを抑えて、新生児室へ。そこで目に飛び込んできた赤ちゃんが僕の娘だった。できたてホヤホヤでフニャフニャだけど、何故か笑っていて、メチャクチャ可愛かった。心臓にもどこにも異常は見当たらないということだった。じーっと見ていると涙が出てきた。両親に早く見せたいなぁ。妻に早く見せたいなぁ。みんなに早く見せたいなぁ。僕もずっと見ていたい。
今、娘は3歳になり、幼稚園に通っている。娘の顔は、赤ちゃんの頃から少しずつ変わっているけど、笑った顔は不思議と初めて見た時の産まれたばっかの笑顔と変わっていない。時代も世界も変わっていく中で、この笑顔だけは変わらないで欲しい。そして、この笑顔で僕達だけでなく、沢山の人を笑顔に変えていって欲しい。