【第6回】~ 赤ちゃんが教えてくれた喜び ~
佳作
・予想外、全く未知の喜び
【看護師助産師部門】76票
木俣肇
大阪府 医師 53歳
私は小児科医である。結婚するまでに、数年間、病気の赤ちゃんを治療していて、赤ちゃんの扱いには自信があった。但し、病気を治すことだけであったが。まさか、健康な赤ちゃんの子育てが、かくも大変で、しかし楽しいとは全く予想外であった。
その後人並みに結婚して、長男が生まれた。赤ちゃんの扱いは毎日の診察で慣れている。しかしである。自分の赤ちゃんが退院してきたその日は、予想外の困難が待ち受けていた。何故か母乳の授乳がうまくできない。妻の両乳首に傷ができて、吸うと痛いし、赤ちゃんも嫌がるのである。それでも、母乳に固執して、頑張って1時間もかけて授乳を終えた。というよりも、赤ちゃんが疲れ果てて、寝てしまったのである。しかし、実は十分に母乳は入っていない。夜になって、空腹の赤ちゃんは、さかんに泣く。その都度1時間かけて、なんとか授乳した。そういう日々が数日続いた。不眠とストレスで、妻も私も、そして赤ちゃんも疲れ果てていた。健康な子に、こんなに単なる授乳が、大変とは、という小児科医の常識を覆させられた。
赤ちゃんの体重を測定すると、驚いた事に減少している。尿も、便も少ない。これは、母乳が十分に摂取できていない、とようやく私も気がついた。妻と相談して、一度ミルクを足そうと決め、早速粉ミルク、哺乳分、乳首、等のミルク授乳一式を買ってきた。適温のお湯でミルクをとかし、適量作る。赤ちゃんを抱いてミルクを与える。病院の未熟児センターで、授乳は医師として何度もしているので、最初は私がした。すると、飲むは飲むは。あっという間に、1回分のミルクをおいしそうに飲み干した、我が子は大きくげっぷをした。その後、しばらくして満足して眠った。ミルクが足らなかったのだ、と痛感した私と妻は、交互でミルク哺乳をした。その夜は全く夜泣きもせず、本当に久々に全員安眠できた。それ以後は、授乳が楽しくなった。ミルクを作る事も、生命を育てているという実感がわき、おいしそうにミルクを飲む我が子は、天使のようにみえた。授乳は喜びであった。妻の乳首も回復し、母乳とミルクの混合で、授乳した。妻はもちろん自分の乳首を吸われる喜びと、授乳後満足そうに、あくびやげっぷをする我が子に目を細めていた。私も、授乳を通じて、家族のスキンシップを体感していた。その時間は満ち足りた幸福であった。
健康な子にこんなにも授乳だけで大仕事とは、考えた事もなく、ましてや病気の子供の世話は、大変であろう、と小児科医として、目から鱗が落ちた思いであった。それ以後、私の診療姿勢も、体の中から変わった。心から、育児をしているお母さん方の想いが理解でき、そして子供が病気の時の心配と苦労が身にしみてわかった。不思議な事に、育児体験をすると、小児科医としての、患者さんの母親とのコミュニケーションもよりスムーズにできるようになった。しかも、病気の赤ちゃんの状態もより詳細に把握できる。子育てを通じて、医師としての成長があるとは、想像もしていなかった。
予想外の事はまだまだあった。便の排泄で時に、おむつからころがるのである。ころころとした便が、おむつがゆるむと布団に落ちている。最初は不思議であったが、ようはおむつの仕方が悪く、排便の圧力で、便が外に出てくるのである。理由がわかると、笑い話で、手で便をとってすてるだけであったが、本当に育児には小児科の教科書に書いてない事が多数あると、実感した。
結局、一年間どたばたして、育児に振り回されも、楽しみながら過ごした。気がつくと、子供も歩き出しているし、妻も私も、親の顔になっていた。そして、親になって、はじめて小児科医は一人前になる、という事も実感した。全て、我が子が教えてくれた、予想外の、未知の喜びであった。