【第5回】~ 赤ちゃんと笑顔 ~
入選
・あと、少し
【一般部門】
愛知県 主婦 34歳
我が家には小三、小一の姉兄と少し年の離れた男の子がいます。この末っ子は今二才。「魔の二才児」という言葉どおりに、毎日いろいろさわぎをおこしてくれます。姉、兄の大切なノートに落書きしたり、お茶を床に全部こぼしてくれたり。買ったばかりのビデオデッキにテープをありえない形で突っ込み、ふたをはずして取り出したこともありました。上の二人で経験したはずなのに、「二才児って大変!」とついついぐちがこぼれます。
とは言え、この末っ子は我が家のアイドルでもあります。むっちりした魅力的なほっぺの持ち主である彼は、笑顔もかわいい。にこっと微笑まれると、「まっ、いいか」と何故かこちらも脱力。機嫌が悪いと手がつけられず、家族のみんなから「うるさい」と怒られてばかり。なのに、ニコニコ機嫌がいいと「目がかわいい。」「笑顔が素敵。」と家族みんなでほめ合い合戦なのですから、本当になんて勝手な家族。
末っ子が産まれる前のこと。やはり少し年の離れた三人目を出産されたお母さんに、私は「久しぶりの赤ちゃんてどんな感じですか」と聞いた事がありました。そのお母さんの答えは「新鮮。家族に新しい風が流れた感じ」というものでした。私は、今になってなぜかこの会話をよく思い出し、「ああ、あの人が言っていたことはこういうことだったんだ」と思うのです。
何と言っても上の二人は小学生。だんだんと親の手から離れつつあります。楽な反面、親子で衝突することも増えました。子どもは子どもで「もうママの分からず屋」と感じていることでしょう。私も「はあ、一緒に手をつないで毎日公園に行っていた頃がなつかしいなあ。」と小学生との接し方に悩んでみたり。
こうやって何だかどよんとした空気の流れることもある我が家で、二才児が、自由気ままにあっちにふらふら、こっちにふらふらしているのです。こっちが暗いとか明るいとかはおかまいなしに、姉兄のすることを真似しておぼえたことを一つ一つ披露してくれます。そして、とどめはあの笑顔。百パーセント満面の笑顔でニッコリされれば、さっきのけんかはなかったことにしようかなんて気分になるのです。家族みんなが二才児に振り回されているようでいて、実は大いに癒されているのだと、この頃思うようになりました。末っ子の誕生以来、赤ちゃんが泣いた笑ったと我が家は本当ににぎやかでした。赤ちゃんの笑顔って、本当にかわいいのです。
でも、ちょっと待って。人はだれでも赤ちゃんだったはず。みんながあの笑顔の持ち主だったはずです。娘にも息子にも、弟と同じような時代が確かにあったのです。
娘が一歳半の頃の写真で友だちとならんで、にかっと笑っているものがあります。いつだったかその写真を見て、私の母が言いました。「本当に何にもいやなことを一つも知らない、曇りのない笑顔とはこれだね。」と。ってことは、今大きくなった娘の笑顔は本物じゃないのかな?何だかしばらく落ち込みました。もちろん、上の二人だって楽しい時には楽しそうな笑顔を見せてくれます。でも、時に怒ったりすねたり悩みがあるような顔をして、こちらもどっきりしてしまうのは、成長の証?それとも、私の子育てが間違っていたからなのか。そんなことを考えたこともありましたっけ。全く悩みがなくニコニコしたまま大人になるはずもありませんが、こうしてみると小さな赤ちゃん時代というのは、親子ともに貴重な時のように思います。
末っ子も、すぐに大きくなってしまうのでしょう。この子が何かいたずらをするたびに、人間のできていない私は「早く大きくなあれ。」と、ついつい思ってしまいます。でも、「ママ、ママ」と無条件にすりすりしてくれるのは、あとわずかなのかも。だったら、もうあと少し、このまんまる笑顔に癒されていたいなあとも思うのでした。