【第14回】~ 赤ちゃんとの出会い ~
入選
・息子よ、待ってろよ! ~大雪激走中~
埼玉県 会社員 男性 36歳
関東で何十年かぶりの大雪が僕の人生最大の日を襲撃した。最悪だ、これでは出産に立ち会えないではないか・・。さあ、どうする。
2月に入り、妻の出産予定日から2日が過ぎた日の朝、会社にいた僕に病院の妻から「はじまったよ」というメールが入った。よし、病院に直行だ、僕はそのつもりだった。上司も同僚も理解を示してくれ、「さあ、行ってこい、後は任せろ」という雰囲気で送り出してくれた。
しかし外に出ると、何と一面の大雪。朝のニュースでは言っていたものの、これほどとは・・よし、タクシーだ。僕はまず携帯でタクシー会社に電話した。
「すみません、今大変込み合ってましてあと30分くらい、いやもう少しかかるかもしれません」
おいおいこちらは妻の出産だぞ、それ以上にタクシーを使うほどの用事があるのか、何て自己中心的なことを考えながらも、これから30分、いや、まてまて病院までダッシュでいけば20分でいけるじゃないか、僕はその電話を「じゃあ、結構です」と言って切り、だんだん積もりつつある雪道を走って病院に向かうことにした。
動き出して1分程度で手持ちの傘が裏返った。何でもっと高価なものを用意しておかなかったんだ・・いや仕方ない。雪が更に勢いを増し僕の顔面を襲う。風も伴っているのでもう走ることは難しい。僕は早足に切り替えた。急げ、早く息子に会うために・・・その一心で僕は歩を進めた。
雪まみれになりながら、僕は息子と初めて会う瞬間に何と話しかけようか考えていた。
「パパだよ」
「よくがんばったね」
「今日からよろしくね」
何かしっくり来ない。こういうときは何ていうべきか・・考えていなかった自分を悔やんだ。
病院まであと1キロくらいとなった。もう寒さで手の感覚がない。服の中も靴もびしょぬれだ。こんな格好で息子にあっていいものか、何て事を考えていると雪の溝にはまって転んでしまった。すると辺りには誰もいないはずなのになぜか笑い声が聞こえた。息子の声? 待ってろ! 今行くぞ! 僕はすぐさま立ち上がって再び歩き出した。
僕の判断は正しく、約30分、タクシーよりも早く病院にたどり着くことができた。さすがに雪まみれで院内に入るわけにはいかないので丁寧に雪を払い、妻の待つ病室に向かった。
部屋の前に着くと看護婦さんがいた。
「小林さんですか?」
「はい」
「ちょうど今、あと少しで生まれるところですよ」
間に合った・・・僕は自分で自分をほめた。
そして3分後、病室から大きく泣き叫ぶ、息子の声がした。「生まれた!」僕は大きくガッツポーズをした。
さあ、いよいよ対面だ。結局初対面の言葉は決められなかった。僕は看護婦さんに促され室内に入っていった。
「小林さん、息子さんですよ」
僕は息子の顔を見た。
「あれ?」
僕は一瞬びっくりした。なぜか、それは自分の顔とそっくりだったからである。子どもが親に似るのは当然だが、ふっくらとした頬、太い眉毛、細い目・・自分の持っている特長をすべて兼ね備えた、まさに瓜二つだったのである。生まれてきた息子には失礼ながら、初対面の言葉どころではなく、僕は笑ってしまったのである。
「そっくりすぎない?」
出産を終え、落ち着いた妻も大爆笑していた。雪道を歩く程度ではない戦いをした妻の笑顔が見れてほっとした。そして改めて息子を見ると、何かにっこり笑ったような気がした。「おい息子よ、今日から家族だ、よろしくな」同じ顔した息子に、僕はそっと心の中でご挨拶した。
「パパは雪の中、柊ちゃん(息子)に会いに行ったんだよ」
「へえ、パパありがとう」
今考えるともっと早めに動くとかいろいろな選択肢はあったはずだが、何となくかっこいいので美談にしている。そして6歳になった息子は、今でも僕にそっくりである。