【第14回】~ 赤ちゃんとの出会い ~
特別賞
・ナイス グランパ
鈴木 浩恵
愛知県 看護師 51歳
「可愛いなあ。男の子が生まれて本当によかったなあ。」
息子が生まれてから父は同じ言葉を繰り返してばかりだった。
ひとり娘の私を父は大切に育ててくれた。だが、本当は男の子を望んでいたと母から聞いた事がある。待望の初孫が男の子だったから父の喜びはとても大きく感じられ、私の人生の中で一番の親孝行をしたと思ったほどだった。
酒好きの父は酔うと顔を赤らめて嬉しそうに息子の話ばかりしていた。最初のうちはそんな父を微笑ましく思っていたが、毎晩となるとさすがに苦痛になっていた。早く夕食の後片付けを終えてしまいたい。やらなければならないことはまだ沢山あるのに、いつまでも飲んでいる父が腹立たしく感じられて
「もう、いい加減にして片づけさせて。私だって慣れない育児で疲れているのに、酔ってばかりいないで人の気持ちを少しはわかってほしい。」
とうとう大声で訴えてしまった。ここまで言うつもりはなかったが、私も心身共に疲れていたのだろう。父の気持ちはわかっているはずなのにと何も言わずにコップを握りしめている父を見ながら大人げなかった自分を反省した。
次の日、いつもより少し優しくしようと居間にいくと父の姿がなかった。庭の方に目を向けると布オムツを干している父の姿があった。信じられない光景を見たようで母に確認をした。朝早く起きてバケツに漬けてあったオムツを慣れない手つきで洗濯を始めたそうだ。母もびっくりして代わろうをしたが、自分がやるからと譲らなかったらしい。父の気持ちを考えて、干してあるオムツはしわだらけだったが直そうとはしなかった。不器用な父が初めて干したオムツが気持ちよさそうに風に揺れていた。
仕事一筋で家のことや子育てもすべて母に任せきりだった父がこの日から変身した。ミルクを飲ませたりお風呂に入れたり、汗だくになって母に教えてもらいながらオムツ交換をしてくれて、私と同様に慣れない育児に大奮闘だった。でも、決して弱音を吐くことなく愛すべき孫との時間を楽しんでいるようだった。晴れた日には日光浴も兼ねておんぶをしてオムツを干していた。大きな背中で気持ちよさそうに眠ったり、楽しそうに笑ったり、手を伸ばしたり、そんな事を繰り返しながら息子は成長していった。
娘が生まれて孫が二人になっても、父はさらに母親代行に積極的に参加してくれた。どちらかが病気になった時などSOSをすると片道1時間かけて駆けつけてくれた。料理も少しずつ覚えて父の手料理は好評だった。
離婚した私と子供を黙って実家に受け入れてくれた父。保育園への送り迎えや家事、育児のほとんどを引き受けてくれて、母親より祖父母に育てられたと言っても過言ではない。そのおかげで猛勉強の甲斐あり看護師になる事ができ、女手ひとつで二人の子供を進学させる事ができた。
「ナイス グランパ」
英語を習い始めた息子が父に向かって笑顔でVサインをした。言葉の意味もわからないまま娘も真似をしてVサインをしていた。
「サンキュー」
酔っ払っていないのに、真っ赤な顔をして嬉しそうに父は笑いながら答える。その時もVサインだ。
ナイス グランパに愛情を注がれて育てられた息子と娘は、思いやりのある優しい子に成長した。今では二人とも成人してそれぞれの夢に向かって自分の人生を歩き始めている。自分自身のために努力を惜しまないこともナイス グランパの教訓のひとつである。
東京で一人暮らしをしている息子が帰省する度に父は心を込めて料理を作るために台所に立つ。後ろ姿が少し小さくなったように感じられるが、まだまだ母親代行に定年はなさそうだ。
「ナイス グランパ」
父の手料理を家族揃って美味しそうに食べる時、つい出てしまう言葉だが、いつまでもこの幸せな時間が続くことを願うと同時に感謝の気持ちを忘れてはならないと思う。
「ナイス グランパ サンキュー ベリー マッチ」