【第12回】~ 赤ちゃんへの手紙 ~
佳作
・子猫のリハーサル
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大澤 典子
東京都 パート 38歳
結婚して間もない頃。夜、帰宅すると、外から気がかりな声が聞こえる日々が続きました。赤ん坊の泣き声のような、なんとも頼りない声。よくよく探してみると、庭の物置の下、足を怪我して取り残された子猫が鳴いていました。
私たち夫婦は、大の猫好き。すぐに病院に連れて行き、家にいるわずかな時間を、子猫とともに過ごしました。日中は仕事に出ていて、それほど世話も出来ませんでしたが、子猫はお医者さんも驚くほどの回復力で、すくすくと育ちました。よくなついて、帰るのが楽しみな毎日でした。
その頃の私は、ちょうど仕事が充実。深夜残業・海外出張もあり、人生でもっとも充実した時を過ごしている実感がありました。
しかし、一瞬、「子猫がこんなにかわいいのなら、赤ちゃんもかわいがれるかも」という考えが頭をよぎりました。それまで、子供は大の苦手で、授かりたいと思ったこともなかったのに。
ある夜、子猫がいつも以上に甘えて、愛くるしい姿を珍しく存分に見せてくれました。
次の朝は、いつものように、にゃあと言って出ていきました。
そして、同じ日の夕方、私は自分の妊娠を知りました。
結婚して数ヵ月、自然なことではありましたが、驚くばかりでした。
ぼんやりした頭のまま帰宅したその日から、いつまで待っても子猫は帰って来ませんでした。もう子猫とは言いがたいほど、立派な若猫でしたが。
私のお腹が大きくなる頃、私たち夫婦は探すことを諦めました。
母になる自覚も薄いまま、私は臨月を迎え、産休を取って、無事出産。
子供に充分愛情を注ぐ母になれるか、それだけが不安でしたが、
産み落とした瞬間、本能的に愛情が溢れ、我ながら不思議に思ったものです。私は、あれほど熱中していた仕事を1年間も休み、本能のおもむくままに生きる赤ん坊と、同じ時間を過ごしました。
ある晴れた日の午後、私は抱っこひもで赤ん坊を前抱きにして、信号待ちをしていました。抱っこされても尚、くっついてくる赤ん坊がかわいくて、思わずチュッ!
それを見ていたらしい、見知らぬ女性と目が合い、恥ずかしさに赤面していると、その女性は笑顔で声をかけてくださいました。
「いいのよ。猫のお母さんが子猫をなめ回して育てるように、その調子で頑張って。」
一瞬の出来事でしたが、嬉しさと安堵感でいっぱいになりました。
同時に「猫」と聞いて、はっとしました。あの子猫との出会いは、子育てのリハーサルだったのではないかと…。
赤ん坊だった娘も、すでに小学生。
もう、本能的に愛情をやりとりするばかりとはいきませんが、寝起きのアクビや、ふとした表情に赤ん坊の頃の面影を見て、チュッ!としています。