【第12回】~ 赤ちゃんへの手紙 ~
大賞
・男の約束
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重吉 太一
大分県 会社員 33歳
「ねえー、パパ。ゆうちゃん、まだ、産まれないの?」
5歳になったばかりの長男(りょういち)が心配そうな声を出した。
「もう少しだよ。ママも頑張っているから、応援してあげて」
長男に心配させないように言ったつもりだったが声が震えているのが自分でも分かった。
「手術中」という赤いランプが点灯している以外は照明がほとんど無い薄暗い廊下。ベンチに息子と2人きりである。そう、嫁は手術室で闘っている。出産予定日よりも2か月も早い32週目に急に陣痛が起きた。すぐに救急車で大学病院に運ばれ、緊急の帝王切開となった。息子は5歳になったばかりだったが嫁が苦しみだして救急車で運ばれたことにただならぬことが起きたと感じている風であった。
「ママ、大丈夫?痛くないの?」
「大丈夫だよ、大丈夫。ママは頑張っているから」
「ゆうちゃんも頑張っているんだよね」
結婚した時から女の子には「優花」という名前をつけようと夫婦で決めていた。優しく花のようなかわいい女の子に育って欲しいからだ。だから、「ゆうちゃん」とお腹の中にいる時から呼んでいた。長男はだんだん大きくなる嫁のお腹に「ゆうちゃん、ゆうちゃん」と毎日声をかけていた。妹ができることをとても喜んでいたのだ。
「そうだよ。ママもゆうちゃんも頑張っている。絶対に大丈夫だから」
と長男の両手を握り締めて言った。
「僕ね、ゆうちゃんが産まれてきたらお兄ちゃんになる。お世話をたくさんして、一緒にたくさん遊ぶんだ」
私は長男の言葉にびっくりした。まだまだ幼いと思っていたのだがいつのまにか成長し、産まれてくる妹のことをしっかり考えているのだ。
「そうか、えらいぞ」
私は長男の頭をぐりぐりさせながら言った。
「じゃあ、男の約束をするか。」
「約束?」
「ああ、パパとお前と2人だけの約束だ」
私はじっと息子の目を見ながら言った。
「それは絶対にママとゆうちゃんを悲しませないことだ」
「いいかい。パパとりょういちは男だろ。男は女の子を守らなければいけないし、悲しませてはいけないんだ」
「うん。」
「ママとゆうちゃんは今本当に頑張っている。ママは今まで生きてきた中で一番苦しい思いをしているし、ゆうちゃんもママのお腹から出るために必死になっている。それが二人に対する一番のごほうびだよ」
「分かったよ、パパ。ママとゆうちゃんを絶対悲しませない。僕がママとゆうちゃんを守る」
と私の目をみつめながら頼もしげに言った。
「よし、約束だぞ」
それから長男は眠ってしまった。夜も遅いし、疲れたのだろう。たくましく成長している息子を誇らしく思った。
手術は無事に成功し、赤ちゃんも無事に産まれた。身長40㎝、体重1876gの未熟児だった。赤ちゃんはとても小さかったが泣き声は大きく元気だった。赤ちゃんはNICUにすぐに運ばれたが長男は元気な赤ちゃんを見て満足げであった。
「パパ、ゆうちゃん、かわいいね。絶対、僕が守るよ」
「ああ、頼むよ。お姫様をしっかり守ってくれよ」
「うん」
息子は自分の胸をどんと叩いた。
嫁が麻酔から覚めると家族みんな(娘も含む)で泣いて喜んだ。私は息子との約束を嫁に伝えた。
「りょうくん、ママを守ってくれるの?ありがとう。とっても嬉しいわ」
「任せといてよ。ママ、がんばってゆうちゃんを産んでくれてありがとう。ゆうちゃん、とてもかわいいよ」
嫁は微笑みなが息子を抱いた。息子は一晩ですっかりたくましくなった。
娘は2か月くらい病院に入院していたが特に健康にも問題なくすくすくと成長している。息子から娘中心の生活となってしまったが息子はあまり駄々をこねたりしなかった。それどころか本当に妹をかわいがっており、いつでも一緒にいる。
赤ちゃんがくれたもの。それは息子の成長と家族の強い絆だった。人は人のために強くなれる。人は誰かを守ることで強くなれる。赤ちゃんから大きなチカラをもらった。