【第10回】~ 赤ちゃんとの記念日 ~
入選
・私が変なおじさんです。
熊本県 学生 22歳
「はじめまして。私が変なおじさんです」今日産まれたばかりの甥に言う。
「あんな変なおじさんにならないようにしましょうね」
疲れきった顔の姉だが冗談を言う余裕はあるようだ。さすが母。
はじめまして、これからよろしく。お互い長男だし色々気苦労が多いだろうから、助け合っていこうぜ。お前のパパは次男だし、ママとの付き合いは俺のほうが長いから。
まあ、お前のママにはずいぶん世話になったからね。何でも聞いてくれ。まだ喋れないけど。
初めての挨拶だ。小さなしわくちゃの手と、触れるだけだが固い握手を交わす。手が震えてたのは内緒な。覚えてないだろうけど。
「消毒した!?」という声が聞こえてきたが今は無視しよう。後で怖いけど。
「こんにちは。私が変なおじさんです」
帰省してきた甥に言う。
「手、洗った!?」という声が聞こえてきた。
もうとっくに洗ってます。抱っこしていいですか。僕が抱くと、口をへの字に曲げる甥。「忘れちゃいましたか、私が変なおじさんです」みるみる笑顔になる。それを見て、じいとばあ、パパママ、オジオバみんな笑顔になる。内心ちょっと悔しい。いつも皆を笑わせるために四苦八苦しているのだが、喋れもしないコイツが笑うだけでみーんな笑顔だ。世代交代だな。甥に囁いた。我が家の笑いの中心は末っ子長男から初孫長男に移行しつつあるみたいだよ。
みんなお前が可愛くて仕方ないらしい。まあ、俺もそうなんだけどね。こっそりと、甥に役目を託すのであった。
「おはよう。今日も変なおじさんです」
昨日で随分慣れたようだ、僕の顔を見たとたん笑顔になる甥。
「今日ははじめての離乳食です」
姉が言った。初めてだらけの甥は、毎日記念日が増えて行く。初めて抱っこされた日。首が座った日、寝返りを打った日、離乳食。これからもどんどん増えていくだろう。おじさんは女の子との記念日が増えるのはこの上なく避けたいけれど、お前の記念日だったらいくらでも見ていたいね。見守らせてよ。
「こんにちは。私がママです」
未熟児だった。四角い透明の箱で何日も生死の境を彷徨った。この台詞を、母の胸で聞けたのはみんなより随分遅い。退院してからも、本当に手のかかる子だったろう。じいとばあに沢山心配掛けたし、ママにも寂しい思いをさせた。まあ覚えてないけど。
だからお前のママには微々たる力だけど手助けさせてもらうよ。ほら。
「私が変なおじさんです」
ふたりで声をあげて笑った。