【第10回】~ 赤ちゃんとの記念日 ~
入選
・みちくさ記念日~道草して、見つけた花~
千葉県 パート 36歳
「お荷物、お持ちしましょうか」
「どうぞ、よろしければこの椅子におかけください」
「このぬいぐるみ、生まれてくる赤ちゃんにどうぞ」
妊娠がくれた一番のプレゼントは、《周りの人たちからの優しさや暖かさ》だった。
スーパーや電車の中で毎日のように顔を見合わせているのに、独身時代はただすれ違い、言葉を交わすこともなかった人たちが、妊娠を機に、ただお腹に赤ちゃんがいるというだけで、次々に言葉をかけてくれるようになった。
汗をかきかき、フーフー言いながら歩いていると、
「暑いでしょう?濡れタオルで首筋を冷やしてごらんなさい。大分、違うわよ」
私の母親のような年齢の女性が、通りすがりにアドバイスをくれたり、病院の待合室に座っていた時には、通院中の老婦人が隣にやってきて、
「出産すると、片付けだけで精一杯で、部屋を飾る余裕なんてなくなっちゃうのよ。もし嫌じゃなければ、コレ、あなたにあげるわ」
と言って、老婦人が自分で造ったという色とりどりの造花の花束をプレゼントされたりもした。
妊娠中の私を一言で言い表せば、《レディーファーストよろしく、マタニティファーストに酔いしれ、お姫様気分に浮かれていた》、である。
と・こ・ろ・が!
いざ、出産をし、育児が始まると、私は娘の下僕へと転落した!!
授乳、オムツ、夜泣きは当然のことながら、一歳のお誕生日が近付いてくる頃になると、「ハイ、あ~んして!」と言う私に対して、娘は口を一文字にして閉じて「い~ん」をする!着替えをさせようとすれば、手足バタバタの空中遊泳!!お風呂に入れようとすれば、見たこともないような全力疾走のハイハイでの逃亡!!!
私が「~させよう」とすればするほど、敵は「させられまい」として、いつのまにやら私は下僕から昇進(???)して、鬼ごっこの鬼にされている。妊娠中はお姫様気分でいれたのに、出産をしたとたんに、鬼ごっこの鬼役なのだ!(チクショウ〈涙〉)
ある時、娘が高熱を出して、内服薬を処方されるも、病気の時まで「い~ん」と空中遊泳で、全力の拒否をされた。薬を飲ませることもできず、病状もよくならないので、仕方なく再度病院に行くと、以前に造花の花をくれた老婦人に会った。事情を話すと、
「思い通りにならなくて、イライラする気持ちもわかるけど、育児は道草を楽しむものよ。学校への登下校を考えてみて!いつでも学校への最短距離を急いで歩くだけじゃ、全然面白味がないでしょ!!道草した方が、見たことのないいろんな花に出逢えるのよ。失敗や遠回りは、その分だけ思い出が増えるんだって思えば楽しくなるわよ」
と、老婦人はアドバイスをくれた。
私はこの日を境に、鬼になることが少なくなった。
今日だって--
冷蔵庫を開けると、夕飯のおかずにと思って買っておいたアジがない?!あちこち探しまわって、ついに、金魚蜂につっこまれているアジを発見!(ギョエ~ッ)
娘の仕業。
だけど、夕べ“お魚さんは水の中でスイスイ…、鳥さんはお空をパタパタ…”なんて絵本を読んであげたのは私。
ハプニングは全て道草!!想い出が増えていると思えば楽しい。
私と娘の『みちくさ記念日』は増える一方。