【第10回】~ 赤ちゃんとの記念日 ~
特別賞
・意地っぱり妊婦
中野 奈津美
奈良県 主婦 31歳
「赤ちゃん、いますよ、八週かな…。」
事前検査で知ってはいたが、先生の言葉に心臓が飛び出るくらい大きく波打った。仕事は続けたいし、結婚式は二ヶ月後。大丈夫?不安はあったが、何よりも幸せな先生の一言。
病院を出るなり、すぐに彼にメール。返信のないかわりに、彼はいつもよりずっと早い時間に帰宅してきてくれた。
「お父さん、お母さんになるんだね」
ドラマに出てくるようなセリフも自然と口からこぼれてしまう程の幸せ。仕事を続けたいという事を伝えると、
「やめろって方がストレスなんだよね?自分がやりたいようにやってみたら?」
こうして、私の妊娠生活が始まった。
近づく結婚式。妊娠初期だが走り回る。つわりが来るかと心配しつつ、あっという間に式当日。素敵な式に、私も両親も大満足だった。妊娠していても今まで通りの生活ができるんだという妙な自信さえ湧いていた。
式が終わって数日。体が重い。吐き気。今頃つわり?重い体を起こして出勤。電車の中は最悪だった。満員電車の臭いと圧迫感。何度も降りようと思ったが、何とか会社に到着。会社に着くと不思議と楽になる。大丈夫!と言いきかす。残業もこなすが、帰りの電車は朝よりつらかった。ずっと下を向いて、早く降りる事ばかり考えていた。やっとの思いで帰宅するも、彼が帰宅する前に食事の準備。部屋も散らかっているし、洗濯物も干しっぱなし。いつも出来る事にてこずる。全て片づけ、綺麗になった部屋を見てクタクタながら、よし!と充実感。多分意地があったんだと思う。子供ができたとわかったあの日。彼に仕事を続けると宣言した意地。妊娠で生活を制限するもんかという意地。小さな意地だが、私には大きな問題だった。
その年のクリスマス。相変わらずつわりと格闘。でも今日は結婚して初めてのクリスマス。気合いが入る。早々に仕事を終え、スーパーの袋と共に帰宅。早速料理。料理は大好きだが、どうも味がうまくいかない。というより、作っている間も気分が悪い。料理の匂いが受けつけない。味見ができない。出来たケーキと料理は私の意地の固まりで、ちっとも美味しいと感じる事ができなかった。
彼が帰宅し、二人だけのクリスマス。楽しくしなきゃ!!こんな思いが裏目に出てしまう。料理を食べ始めた時、何だか涙が出てきた。部屋は奇麗に片づいている、洗濯物もちゃんとしまってるはずなのに、何だか泣いてしまった。
「ごめん、コレあんまりおいしくないよね。」
うまくいかない自分。彼の前では絶対弱音をはきたくなかった。でも涙は止まらない。
「何となく無理してるんじゃないかなって思ってた。なのにうまく声をかけてやれんくてゴメン。仕事続けたがっていたのは知ってたし、好きな事やってる方がいいのかなって思ってたけど、今はそう思えないよ。おまえは頑張りすぎるくらいよく頑張った。こんだけ頑張ったんだから、赤ちゃん産まれるまでの少しの間くらい休んでみたら?今度は赤ちゃんとの二人の時間を楽しむ事を頑張りなさい。」
なんか私の中の小さな意地がみるみる間に融けてなくなった。
年明けに退社を決めた。続ける事はできたが、私の性格上、彼の言いつけを守るには、それが一番いいと思った。そして、つわりの中、いろんな事をさぼってみた。部屋は散らかったし、洗濯は干しっぱなしの時もあったけど、つわりさえ赤ちゃんとの会話と思えるようになった。改めて感じる幸せ。
あの日、二人で過ごした最後のクリスマス。小さな意地が消えた日、私は本当に母として子供の事を思いやる事ができるようになった記念日だと思う。